Plumeriaが咲きますように

気づいたらもう40代。うちのプルメリアちゃんはいつ花をつけてくれるのでしょう。

娘のアレルギー日記「悶々とする日々」


卵ボーロ1粒がなかなか進まない日々…

このままずっとアレルギーが続いたらどうしよう…

悶々とした日々が続きます。

 

食事は相変わらず代わり映えしない和食中心の、毎日同じようなメニューのローテ。

たまに外食をしたくてもお店も限られてしまう。

 

そしてサークル仲間との時間が次第にストレスになってきていました。

アレルギー持ちはうちの娘だけ。

離乳食が始まった頃から、サークルのついでにみんなでご飯という流れになってきていました。

子ども達は自由に動き回るので、ご飯が手についている状態で娘に触ってきます。

娘が食べるものを興味津々に触ろうとします。

 

でもその手には卵が付いている!

慌てて避けたり除けたり、ヒヤヒヤが止まりません。

 

サークルの仲間には娘のアレルギーのことを都度話していましたが、「大変だね」位の反応でした。

 

ふと、お兄ちゃんの時のことを思い出しました。

一緒に過ごすグループがあり、食事も一緒によくしていました。

ただ、その中のひと親子がいつも食事になると「うちは帰るね〜」と帰っていくのでした。

今思うと、その子は卵と乳のアレルギー持ちでした。

そのお母さんはあまりアレルギーのことを言わなかったのですが、今の私と同じ状況で帰っていたのだと理解しました。

 

そして同時に、「もっとアレルギーのことを分かってあげてたら」と後悔しました。

もっと寄り添ってあげたり、助け合えたのかもしれない…

 

サークルでの食事へは次第に行かなくなりました。

ヒヤヒヤしてその場がどんどん嫌になってしまい、擦り減っていく自分に疲れてしまっていました。

クリスマス会の企画も、おやつを食べる時間があって行くのをやめました。

 

孤独、分かってもらえない悲しみ、娘を不憫に思う気持ち、どうにもできない絶望感、色んな負の気持ちに押しつぶされそう。いえ、押しつぶされていました。

 

家で娘とゆっくり過ごす時間、娘の笑顔が唯一の救いだったかもしれません。

娘のアレルギー日記「離乳食が始まってから」

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娘の離乳食が始まった。

 

初めは問題なかった。

お米→野菜→大豆製品と進み、順調に離乳食が進んだ。

 

けれどもそこからが問題。

離乳食のレパートリーがとても少ない!

 

小麦・卵が駄目だから、麺類✖️、パン✖️、レトルトの離乳食も✖️なものが多かった。

 

毎回和食のような内容になってしまい、

可哀想に思っていたけど、娘が美味しそうに食べてくれる姿に救われる日々。

 

そして病院で言われた「卵ボーロ1粒」から始めてみることにした。

 

けれども、その一粒を食べると口のまわりに赤い湿疹ができてしまう…

 

医師は湿疹が出なくなったら粒を一粒ずつ増やしていってと言っていたけど…

 

娘のアレルギー日記「アレルギー発覚」

https://smbola.hateblo.jp/entry/2022/12/02/161038

 

この状態では卵が食べれる日はいつになるんだろう…

 

絶望的で不安な日々が続いていた。

 

娘のアレルギー日記「アレルギーと分かってからの日常」

娘のアレルギーが分かってからというもの…

うちの食卓からは卵が消えた。

 

というのも、卵をかき混ぜるだけで空気中にアレルゲンが飛ぶらしい。

そして抱っこしながら料理をするのに、生卵がもし娘についてしまったらと思うと…

兄が卵を食べて汚れた手で妹を触ったら…

逆に娘が手を出してしまったら…

 

色々考えて気にして、神経を尖らせることに疲れてしまった。

イライラにもつながってしまった…

 

なので、「卵をしばらくお休みにしよう!」と決めた。

決めたら気持ちが楽になった。

 

小麦もうちの食卓から登場が少なくなった。

 

うちは外食も好きで、平日はしっかり家で作って食事、休日は外食にしている。

 

離乳食前の娘を一緒に外食に連れていくと…

興味津々で、お手拭きを舐め舐め、もらったスプーンを舐め舐め、お皿を舐め舐め、

とにかく色んなもの口に入れる…

 

すると、だいたい口のまわりが赤くなったり、ぶつぶつがでてくる…

すぐに取り上げて、口の周りを綺麗に拭くけど、なかなか湿疹が治らない…

 

でも外食には行きたい…

いつもなるべく触らせないように、うちから何かしら持参して凌いだ。

 

お好み焼き屋やオムライス、親子丼、うどん屋さんでは湿疹がひどく出てしまい、行けれなくなった。

アレルゲンがたくさん飛んでいるよね…

 

夫ともアレルギーの知識の違いで温度差が出てきて、喧嘩してしまったこともあった。

 

とにかく、私がピリピリしてしまい、我が子に何かあったらと思うと気が気じゃなくて人にも預けれなくなってしまった。

 

義母はこっそり息子にお菓子を食べさせてしまう人だったし、

実母にも「神経質になりすぎじゃない?」と言われ、誰にも預けることができず、

 

「私がこの子を守る」

「ひとりで育てる」

 

と覚悟もした。

 

孤独だった。

 

娘のアレルギー日記「アレルギー発覚」

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乳児湿疹がなかなか良くならず、

肌はいつもカサカサ、

時には自分で掻きむしり、痛々しい…

なんか変だな…と不安になっていた頃、

 

6ヶ月検診で、

「これはアトピー性皮膚炎かな…」

と医師から言われた。

アトピー性皮膚炎とアレルギーが全く結びつかない私…

アトピー性皮膚炎って何?というレベル)

 

「何かのアレルギーがあるかもしれないから、後日小児科を受診してください。」

と言われ、後日再診することになった。

 

再診日当日の朝、

授乳しながら朝食を食べていた。

そして…!

 

半熟の卵焼きが箸から滑り落ちて、Nの足に落ちてしまった。

 

すると…

娘の足、卵が落ちたあたりに赤い湿疹が!!!

 

蕁麻疹のように、広がっていく!!!

 

慌てて拭き取り、

このままどんどん広がってしまったら病院へすぐ駆け込もうと覚悟し、

しばらく様子を見た。

 

娘が心配で、「どうかなったらどうしよう」

すごく、すごく怖かった…

 

30分くらいで湿疹は引き出した。

良かった…

一安心…

 

「卵アレルギーかな…」

と予想した。

 

病院では、まずは血液検査。

(検査結果はまた後日に)

そして湿疹用の塗り薬をもらった。

 

内容は、

「ワセリン」と「ステロイド」を混ぜたもの。

 

正直、「ステロイド」にかなりの抵抗があり、(これはまた別の機会に書こうと思います)

「たっぷり塗ってください。」

と言われたが、

 

「なるべく塗らないようにしよう。」

と思ってしまっていた。

数日後、血液検査の結果を聞きに病院へ。

(「卵アレルギー」の覚悟をして)

 

結果、

「卵」「小麦」のアレルギーだった。

 

ショックだった…

かなりショックだった…

 

「食べれるものが…限られてしまう…」

 

ショックで、なかなか受け入れられなかった…

 

「卵アレルギー」は、クラス3

「小麦アレルギー」は、クラス2

 

医師は、

「数値と実際の症状は比例しないこともあるから、数値に一喜一憂しないように」

とも言っていた。

でも、この時は意味がよくわからなかった。

 

「離乳食が進んだら、卵ボーロ1粒から試してください。」

「またその頃になったら受診してください。」

とのことだった。

 

そして、

「湿疹が出たら、前回処方した塗り薬を塗ってください。」

とも言われた。

 

あとは、発作が起きた時の「頓服」も処方された。

 

一気に重いものが肩に乗った感覚。

すごい不安で、泣きそうになった。

 

娘のアレルギー日記

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娘のアレルギーが分かったのは確か3ヶ月検診?6ヶ月検診?だったかな…

 

乳児湿疹がなかなかきれいに治らなくて、

医師から、

「湿疹がきれいにならない場合はアレルギーの可能性があります」

と言われてしまった。

 

まわりにアレルギーの子も居て、大変なのは聞いていたし、

一緒の外食の時もすごく苦労してたのを見ていたけど、

やはり実際に自分の子がアレルギーになるのとでは雲泥の差だった。

 

毎日神経を尖らせて、ピリピリしてしまうこともあって、

いつ良くなるかもわからなくて、

 

こんなにも大変だったんだとわかった。

今までアレルギーがある子と遊ぶときにもっと配慮してあげてたらと反省もした…

 

実際に経験した人にしかこの大変さを理解してもらえないかもしれないけれど、

もっとアレルギーの子を持つお母さん・家族の苦労や辛さを理解して、

守って尊重してくれる世の中になったらどんなに気持ちがラクになるか…

 

アレルギーが浸透してきた世の中だけど、まだまだ肩身が狭いと感じてしまう…

 

娘は、今はもうアレルギーは克服して、普通に食事ができるようになった。

昔の記録と、当時を振り返って、記録を残しておこうと思います。

 

同じ大変な思いをしている方へ、少しでも未来への励みになれば嬉しいです。

 

 

COVID-19 陽性 1ヶ月〜2ヶ月(忘備録)

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コロナ後遺症外来へ行き、

 

「仕事はひとまずお休みにしましょう。」

となり、休むこと2週間。

(といっても、体力を回復させれるように、日中はなるべく動くように努めていた。)

 

【症状】

⚫︎痰  80%快方

⚫︎鼻の奥の詰まり 快方

⚫︎味覚 50%→70%

⚫︎声の枯れ、出しにくさ 100%回復

⚫︎苦しいかんじ 動き回ると苦しくなる

⚫︎頭痛 疲れが溜まってくると痛くなる

⚫︎喉痛 80%回復、疲れてくると悪化

 

まだまだ症状はあるけど、かなり回復した気がする。

ただ、喉の痛みとたまの息苦しさはまだ続いている。

あとはキャパをこえて動いた日の夜はぐったり。

 

味覚嗅覚は、70〜80%までは回復した。

(まだ日によってまちまちだけれど。)


あとは鼻の奥の方がツーンとして、目の奥がすごく痛い日が、たまにある。


後遺症はまだズルズル続いている。

 


どのくらいで100%回復するんだろうか…

 

コロナ 後遺症外来(忘備録)

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症状ななかなか治らないので、

保健センターで紹介してもらったコロナの後遺症外来へ行くことにした。


【診療内容】

⚫︎鼻から喉までの状況確認

⚫︎CT

⚫︎血液検査

 

喉の痛み、味覚嗅覚異常、呼吸しづらさを診るために、この検査項目が必要とのこと。


【診療の結果】

⚫︎喉の奥のほうに腫れがみられる

  (ぱっと見ではわからない部分)

⚫︎CT 異常なし

⚫︎血液検査は結果待ち

 

【医師の話】

⚫︎喉の痛みと、喉の詰まり、呼吸しにくさは喉の奥の方の炎症が原因として考えられる

⚫︎血液検査はまた結果を聞きにきてください(亜鉛の数値をみます)

⚫︎まだ治りきっていない状況なので、もう少し様子をみていきましょう

 

【処方】

⚫︎鼻の通りをよくする薬

⚫︎喉の痛みを和らげる薬

⚫︎抗生物質

⚫︎胃薬

⚫︎うがい薬

⚫︎点鼻薬

⚫︎体力を回復させる漢方

 


診療と薬を合わせて15000円ほど。

なかなかの出費だった。

 


そして病院へ行って診察してもらって帰ってくる移動(車の運転片道40分)、かなり疲労してしまい午後からダウン…

 

半日横になりました。

 

まだまだ本調子ではないと実感。

 

体力をつけていくことも課題ということが分かったので、無理のない範囲で動いて、身体と相談しながら進んでいこうと思いました。